親鸞の教理について

  • 時間

    91
  • 音質

    「日本人と宗教性」と題した
    連続講演会における最終日の講演。
    声が若干遠く聞こえ、
    ところどころノイズが入っており
    背景に会場周辺の音楽が聞こえる。
    討論部分は途中でテープが切れる。

  • 講演日時:1980年5月24日
    主催:上智大学東洋宗教研究所/上智大学キリスト教文化研究所
    場所:上智大学 521番教室
    収載書誌:春秋社『〈信〉の構造 PART1』(2004年)




もし、知識を〈本当の知識〉として
獲得できるとすれば、
知識を獲得することが同時に
反知識、非知識、あるいは不知識というものを
包括していくことなんです。
知識を〈往きの姿〉でとらえれば、
学問のない人が修行をして知識を
獲得していく過程になります。
往きの過程にある限り、人間の〈本当の知識〉が
獲得されることはない。
知識に対して〈還りの姿〉になっていったときにはじめて、
知識が獲得されたということになります。
それは、知識を獲得すればするほど
知識でないものを包括していくということです。
包括できなければならないということです。
この〈往きの姿〉と〈還りの姿〉というものの
考え方を通して、親鸞はわれわれの思惟のしかたのなかに
普遍的にある問題を提出しているということが
いえるのです。